今思う、誇りと「好き」
わたしは手越くんが好きだ。
その好きっていうのは、俗に「リア恋」といわれるような、実際に抱きしめられたい、一緒にいたい、付き合いたいとかそういう類の感情じゃなくて、「アイドル手越祐也」が大好きだ。
手越くんが歩く道を後ろから歩きたい。彼の歌を聞きたい。心から応援してるよ、って伝えるために光としてペンライトを振る。私が応援する手越くんがいる場所は、きっと私とは少し違う。おんなじ世界を生きていても、どこか世界線が違うような気がする。
逆に友達とかに手越くんがいたら彼はおそらく私の嫌いなタイプだと思う。まさにイッテQでよく言われる(最近言われないか)「孤高のアイドル手越祐也」が、好きなのだ。
アイドルとして品位を欠くと思われそうな行動が媒体を通して耳に入ったときとか、人間として、アイドルとしてあり得ないことをした報道が出たときに、わたしたちファンはがっかりする。がっかりして、失望して、嫌いになってしまう人までいるのだ。
「○○くん熱愛でた。ありえない。わたし担降りする。」
熱愛報道がグループに出たときに決まってSNSなどでみられる言葉。見るたびに、心がずどんと重くなる。見なきゃいいのにって分かっているけど、目に入ってきてしまう言葉。人が人を嫌いになる瞬間を見る事なんてめったにないのに、その嫌われている人が自分の好きな人だなんて耐えられないなあ、と、そっと画面を閉じる。
きれいごとばかり言っていると、「わたしたちは味方だよ」「信じてるからね」こんな言葉ばかりになってしまうけれど。
表面が綺麗に塗られたこんな言葉じゃない、私の気持ちは。
今こんなことを発信するのには賛否両論あるのは承知の上で。
それでもどうしても今の気持ちをどこかに書きとめておきたい。から書く。
アイドルを応援するのは個人の自由だ。
わたしは、手越くんを応援したいから応援している。好きだから、応援している。おそらく好きじゃないのに応援している人なんていないはずだ。
そしてNEWSからも、たくさんの元気と愛を貰っている、と思っている。
でも、私たちが応援しているのは綺麗な二次元の人間ではなく生身の人間なのだ。
感情を持って行動しているし、もちろん日常生活を私たちと同じ時間軸で送っている。
まっすーの「トイレ行かない」「ギャラはクッキー」話はもはやNEWS担の中ではネタになりつつあるけど、そのことが私は心に意外と刺さった。
アイドルだろうがなんだろうがトイレ行かないなんてあり得ないじゃん。それが私が、アイドルが「人間」であることを意識した最初の機会だ。
アイドルは人間なんだ。お綺麗なばかりのものじゃない。
それを受け入れるのは時間がかかる。
それをみんな自覚して、長い間をかけて受け入れているはずなのに。
応援してLIVEに行くと分かるだろう、それくらい子どもでも分かるはずだろう、アイドルは「人間」なんだ。いつからだろう、アイドルに対して「応援してやってんだから裏切んなよ」なんて上から目線で言う輩が出てくるようになったのは。
人間って100パーセント優しくなれないんだよなあ、とそれを見るたび思う。
好きだからこそ押し付ける。しようとしていなくても、無意識に「こうあるべき」が出来上がっていて、その無意識から外れた瞬間にはじき出そうとする。それを好きな人がしたら、裏切られたという感情から余計に。スキの裏返し、ってこういうことだ。
アイドルだって動くのだ。感情だってあるのだ。
それを「見えない」と誤解して、「好き」が「憎しみ」に変わって、相手が見ていないと思って言葉を投げつけたり。
プライベートだって。特にジャニーズは、プライベートがないに等しいことだって有名税だ、なんて揶揄されたりすることもある。
アイドルを応援することは自分で選んで、応援している。
アイドルの行動によって応援する心が折られてしまうとはあまり思わない。思えない。とくに、ファンになりたての頃は。でもあくまでアイドルは「ビジネス」の一つであり、それが見えなくなるほど盲目にはなりたくないなあ、と思うのは私だけか。
アイドルは現実離れしていそうだけれどしていないし、だからこそ現実にはないものを求めて応援し始めるということを、夢中になりすぎた頃にはもう忘れている。
アイドルを好きな自分も世界を生きているアイドルも現実なのだ。現実を生きているアイドルを、自分が都合よく作り上げる虚構の中だけで生かそうとしてはいけない。
最初からわかっている筈なのに、盲目的になりすぎるあまり何かを失っていないか。
自分でも怖くなってきた。
私はNEWS手越祐也が好きだ。
彼の顔ももちろん、生き方、声、精神論、なにもかもが好き。
だからこそ周りの人に「手越くんってすごいんだよ!」と自慢したくなるし(少なからず鬱陶しがられるが)、自担のことは絶対的に誇りに思っている。
でも、自担にもファンの知らないところはおそらくたくさんある。それで、いいじゃないか。今手元でちょっとした知りたいことなら大体知り尽くせてしまう時代だけど、すべてを知ったからと言って何になるんだろう?って、ほんとに思うことが増えた。「好き」と「知りたい」は比例しがちだけどそれに乗っかっていたらいつの間にか犯罪まがいのことにまで手を出してる、って人もたまに見かける。
NEWSとは運よくデートに行ける(=LIVE)から、それが楽しくて、自担と同じこの世を生きていて、同じ場所にいて、同じ空気を吸っている。
そうやって実感できるだけでいいとは思わないのだろうか。
あえてなんでこんなことを書いたのかは、言いたくない、から言わない。
私は割り切るところは割り切って応援したいタイプだし、自担溺愛!みたいな盲目的なファンにはなりたくない。「手越君は悪くないんです!」とか、言いたくはない。
(NEWSは安定してずっと好きだけど、実は意外と手越くんゴトでへこんでることもあるし、もっと頑張って欲しいな、最高のパフォーマンス届けて欲しいな、って思うこともある。でもそんなことは自分の中で思えばいいことだし)
私たちよりもっとオトナのファンの方で歴が長いひととかは、絶対に不確かな情報のどれにもほぼ反応しないし、ご存知なのかも分からない。
でも、知って傷つくのはたぶんどの年齢層のファンでも変わらないし、ただ学生よりオトナの方がシビアに情報が見えてしまうから、あえてなにも反応しないのかな、なんて勝手に考えている。
学生の立場から言えることではないが、擁護ツイートは控えるべきだと思う。
余計にイメージを悪くする。
それに、どうして見てもいないことを信じられるのだろう。
私は自担の口から出たこと、公式の情報、もしくは信頼できるものしか信頼したくないし、ソースが曖昧なものをちらっと見ただけで、鼻高々で吹聴して、勝手に盛り上がって落ち込んで、擁護ツイートしてなんて、そんなファンにはなりたくない。
自担がもし見たら、それは最悪なものに映るだろうから。
そしてきれいごとだけで自担を擁護するだけのファンにもなりたくないし、期待はずれのことをされたから、と自担を傷つけるようなファンにはなりたくない。だって、そこも含めた人間が、私が応援してる「手越祐也」だから。
完璧だから、歌がうまいから、顔が綺麗だから好きなわけじゃないんだよ、
手越くんだから、元気をもらえるし、好きって胸張って言える。
だからね、まあ長々と書いたけど、要するに。
私は私が見てる手越くんを信じるよってこと、以上!
しろ